よその子のクリスマスがうらやましい!
ごきげんよう、ベルです。
今回は、クリスマスにまつわる詩の朗読をしました。
まだクリスマスが浸透していなかった時代。
近所のキリスト教徒の子供がクリスマスで盛り上がっている様子を見てしまい…
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書籍情報
Kindle版(無料)
全文紹介
クリスマス
萩原朔太郎
クリスマスとは何ぞや
我が隣の子の羨ましきに
そが高き窓をのぞきたり。
飾れる部屋部屋
我が知らぬ西洋の怪しき玩具と
銀紙のかがやく星星。
我れにも欲しく
我が家にもクリスマスのあればよからん。
耶蘇教の家の羨ましく
風琴おるがんの唱歌する聲をききつつ
冬の夜幼なき眼めに涙ながしぬ。
底本:「萩原朔太郎全集 第三卷」筑摩書房
1977(昭和52)年5月30日初版第1刷発行
1986(昭和62)年12月10日補訂版第1刷発行
ちょこっと感想
今回は、「耶蘇教」なんていう聞きなれない言葉も出てきたのでテロップを付けてみました。
詩自体は子供が見るキラキラした世界への純粋な好奇心。
「よそはよそ!うちはうち!」の隣の芝は青い効果もあるのかな?
そして、動画内での感想でも少し触れましたが、萩原朔太郎が朝日新聞に寄せた「クリスマスの悲哀」と比較すると面白いです。
私には、今でいうハロウィンに物申す頑固オヤジみたいに見えてしまいました(笑)
「昔は良かった」「今の時代は…」というのはもう古代エジプとからの人間の習性みたいなので、なんだかクスッとしてしまいますね。
しかし、さすが萩原朔太郎。
クリスマスの賑わいについてきちんと考察を加え、悲哀を感じながらも容認していくところが素敵です。
まとめ
年々クリスマスムードに浸る期間が長くなっていると感じています。
だって11月から始まってません?
もう12月20日代に入ってしまうと、クリスマスも終わったような感覚さえするのはなぜでしょう。
きっとスーパーが正月のおせちの方を推すからです。
もう少し違うところで季節の移り変わりを感じたい。
それでは、ごきげんよう。